会計マスター

📖 ケーススタディ — 物語で学ぶ会計

紙切れ一枚で15万円? — 美咲、約束手形とでんさいに戸惑う

ホテルとの初の大口取引。代金の代わりに受け取ったのは「約束手形」という一枚の紙だった。とまどう美咲が、手形の仕組みと電子記録債権(でんさい)の違いを知る物語。

ハコニワ史上最大の取引

9月のはじめ。雑貨店ハコニワに、駅前のホテル「シェルブール」から電話がかかってきた。改装する客室とラウンジに、ハコニワの北欧食器をまとめて置きたいという。総額150,000円。店主の遥さんは受話器を置いて小さく飛び跳ねた。

「うちの食器がホテルに並ぶのよ! 商店街の星よ!」

納品は無事に終わり、代金は掛け、つまり売掛金150,000円。ここまでは美咲にもおなじみの処理だ。ところが月末、集金に行った遥さんが持ち帰ったのは、現金でも小切手でもなかった。

一枚の、上品な模様の入った紙。そこには「約束手形」という文字と、金額150,000円、そして「支払期日 11月30日」とある。

「遥さん、これ……お金、もらえてなくないですか?」

「ホテルの経理の方が『これでお願いします』って。大きい会社はよくこれで払うんですって」

「11月30日って、2か月も先ですよ!?」

「支払いを約束した、正式な紙」

翌日、美咲は例の紙を封筒に入れ、両手で捧げ持つようにして宇野先生の事務所へ運んだ。

「ほう、約束手形か。ハコニワも立派になったものだね」

「先生、これは一体何なんですか。ツケの言い訳の紙ですか」

「はは、手厳しい。約束手形は『期日に必ずこの金額を支払います』と法律の裏付きで約束する証券だ。振り出したシェルブールは、11月30日に150,000円を支払う義務を負う。ただのツケである売掛金より、約束としてずっと固い」

「固いツケ……」

「だから簿記でも科目を変える。売掛金を回収する代わりに手形を受け取ったのだから、売掛金という債権が、受取手形という債権に交代したと記録するんだ」

9月30日 売掛金の回収として約束手形を受け取った

借方(左)

受取手形150,000

貸方(右)

売掛金150,000

「借方も貸方も資産の科目。財産が増えたり減ったりしたわけじゃなく、債権の種類が変わっただけだよ」

「じゃあ、11月30日になったら?」

「手形を取引銀行に預けておくと、期日に自動的に取り立てて、当座預金に入れてくれる」

11月30日 満期日: 手形代金が当座預金に入金された

借方(左)

当座預金150,000

貸方(右)

受取手形150,000

「ちなみに逆の立場、つまりハコニワが問屋への支払いで手形を振り出したら、支払手形という負債を貸方に立てる。受け取る側と払う側で、鏡写しになっているんだ」

今度は紙がない!

11月。手形が無事に決済されてほっとしたのも束の間、今度は別の取引先から不思議な連絡が来た。ハコニワの器を定期的に仕入れてくれる隣町のセレクトショップ「灯台」からだ。

「今月分の80,000円、でんさいでお支払いしますね」

「でん……さい?」

電話を切った美咲に、遥さんがタブレットの画面を見せた。銀行のネットバンキングに「電子記録債権の発生記録通知」というお知らせが届いている。金額80,000円、支払期日は12月末。

「紙が、ない……手形の紙が、どこにもない……」

「最近はこれが増えてるのよ。宇野先生が『手形の電子版』って言ってたわ」

先生の解説はこうだった。電子記録債権(通称でんさい)は、手形の役割を電子データで実現した仕組み。銀行を通じて記録機関に「発生記録」をすると債権が発生し、期日には口座間で自動的に決済される。紙がないから、なくす心配も、印紙を貼る必要も、取立てに持ち込む手間もない。

「仕訳の考え方は手形とそっくりだよ。売掛金が、電子記録債権という科目に交代する」

11月10日 発生記録の通知: 売掛金がでんさいに変わった

借方(左)

電子記録債権80,000

貸方(右)

売掛金80,000
12月31日 支払期日: 口座に自動入金された

借方(左)

普通預金80,000

貸方(右)

電子記録債権80,000

「支払う側なら電子記録債務という負債になる。これも手形と鏡写しだね」

紙と電子、似たもの同士

美咲はノートに、ふたつを並べて整理した。

約束手形(紙)

  • 紙の証券を振り出す・受け取る
  • 受け取ったら受取手形(資産)
  • 振り出したら支払手形(負債)
  • 紛失・盗難のリスクがある

でんさい(電子)

  • 銀行経由で発生記録をする
  • 受け取る側は電子記録債権(資産)
  • 支払う側は電子記録債務(負債)
  • 紙がないので紛失の心配なし

「どっちも『期日に必ず払う固い約束』で、債権側と債務側で科目がペアになってる。そう思えば怖くないですね」

「その通り。形は紙から電子へ変わっても、**簿記が記録したいのは『誰が誰に、いつ、いくら払う約束か』**という中身の方なんだ。実際の商売では手形は年々減って、でんさいへの置き換えが進んでいる。それでも仕組みの骨格は同じだから、片方が分かればもう片方も分かる」

「ツケの売掛金、固い約束の受取手形、電子の電子記録債権……同じ『お金をもらえる権利』でも、固さと形で科目を使い分けるんですね。ノートの分類表に、資産の仲間として3つ並べておきます」

12月末、ハコニワの口座には80,000円がきちんと入金された。美咲はもう、通知の画面に戸惑わない。

「遥さん、シェルブールの追加注文、次もでんさいか手形か聞いておいてくださいね。どっちでも、ちゃんと仕訳できますから」

この物語の学び

  • 約束手形は期日の支払いを約束する証券。受け取ったら受取手形(資産)、振り出したら支払手形(負債)
  • 売掛金を手形やでんさいで回収するのは、債権の種類が交代するだけ。財産が増減するわけではない
  • 電子記録債権(でんさい)は手形の電子版。受け取る側は電子記録債権(資産)、支払う側は電子記録債務(負債)
  • 満期・支払期日が来たら、手形やでんさいの科目を減らして預金を増やす

物語で流れをつかんだら、教材で手形と電子記録債権の仕訳を整理し、問題集で受取側・支払側の両方を練習してみましょう。