会計マスター

📖 ケーススタディ — 物語で学ぶ会計

ハコニワ、はじめての給料日 — 預り金と内金と、社員旅行のお財布

初めてスタッフを雇ったハコニワ。給料から天引きされるお金の行方、注文品の内金、そして行き先未定の社員旅行のお金。美咲が「一時的に預かる・立て替える」科目たちと格闘する物語。

ハコニワ、人を雇う

7月。雑貨店ハコニワに、開店以来の大事件が起きた。人を雇ったのである。

きっかけは、遥さんのぎっくり腰だった。美咲は大学の前期試験が近い。そこで商店街の掲示板で募集をかけたところ、雑貨店勤めの経験もある律子さんという頼れる人が来てくれた。月給は180,000円。

そして迎えた、ハコニワ史上初の給料日。美咲は銀行の振込画面を前に、給与計算メモとにらめっこしていた。

「月給180,000円。でも、ここから所得税を3,700円天引きして、振り込むのは176,300円……」

天引き。言葉は知っている。しかし帳簿にどう書けばいいのか。給料という費用は180,000円なのか、176,300円なのか。そして天引きした3,700円は、一体どこへ行ったことになるのか。

「その3,700円は、預かっているだけ」

夕方、店に寄った宇野先生に美咲は給与メモを見せた。

「いい質問ポイントに気づいたね。まず、給料という費用は総額の180,000円だ。律子さんの働きに対してハコニワが負担した金額は、あくまで180,000円だからね」

「じゃあ、天引きした3,700円は……」

「あれはハコニワのお金になったわけじゃない。律子さんが国に納めるべき所得税を、店がいったん預かっているだけだ。後日、店が本人に代わって税務署に納める。つまり『あとで納める義務』——負債だよ。科目は所得税預り金だ」

7月25日 給料日: 費用は総額、天引き分は預り金という負債に

借方(左)

給料180,000
合計180,000

貸方(右)

所得税預り金3,700
普通預金176,300
合計180,000

「借方は費用180,000円。貸方は、預かった3,700円と、実際に振り込んだ176,300円。合計はちゃんと一致する」

「預かってるだけだから、私たちの儲けにも費用にもならない……なるほど」

「そして翌月、店が税務署に納付した時に、借方に所得税預り金、貸方に現金という仕訳で義務を消す。預かって、納めて、ゼロに戻る。それが預り金の一生だ」

実際に8月10日、美咲は郵便局で3,700円を納付し、教わった通りの仕訳で預り金をきれいに取り崩した。帳簿の上の小さな義務が、ひとつ果たされた。

ライティングビューローの内金

8月のある日、常連の老婦人が店の奥のアンティーク・ライティングビューロー(書き物机)に一目惚れした。お値段120,000円。取り置きの相談になり、婦人は言った。

「内金として、20,000円お預けしておくわ」

現金20,000円を受け取った美咲は、レジの前でぴたりと止まった。売上……ではない。だって机はまだ渡していない。かといって借入金でもない。これは——

「あとで机を引き渡す『義務』。勘定科目の森で覚えた合言葉だ。義務だから負債。たしか……前受金!」

8月8日 内金の受取り: 商品を渡す義務=前受金(負債)

借方(左)

現金20,000

貸方(右)

前受金20,000

1週間後、婦人は残金100,000円を現金で払い、ビューローは配送されていった。売上を計上するのはこの瞬間だ。

8月15日 引渡し: 前受金を取り崩し、売上120,000円を計上

借方(左)

前受金20,000
現金100,000
合計120,000

貸方(右)

売上120,000
合計120,000

「内金をもらった日じゃなくて、商品を渡した日に、満額の売上。もう迷いません」

行き先未定のお財布

9月、腰の治った遥さんが宣言した。

「律子さんの歓迎と日頃の感謝を込めて、社員旅行に行きます! 日帰りだけど!」

幹事は美咲。遥さんはレジから30,000円を取り出して美咲に渡した。

「はい、これで電車の切符とお昼と、あとはいい感じに!」

「いい感じに、って……内訳が全然決まってないのに、帳簿はどうするんですか。まだ何にいくら使うか分からないのに」

そこで思い出したのが、現金過不足の時に教わった「とりあえずの置き場」の発想だ。調べてみると、やはりあった。内容や金額が確定していない支出を、いったん記録しておく科目——仮払金。あとでお金を返してもらえる(または精算される)権利として、資産に分類される。

9月20日 旅行代の概算払い: 使い道確定前は仮払金(資産)

借方(左)

仮払金30,000

貸方(右)

現金30,000

旅行当日。海辺の町で器の窯元を見学し、律子さんおすすめの食堂で舌鼓を打ち、一行は上機嫌で帰ってきた。美咲の集めた領収書は、交通費と昼食代あわせて28,000円。残った2,000円はレジに戻した。

9月21日 精算: 内訳が確定したので仮払金を正しい科目へ振り替える

借方(左)

旅費交通費28,000
現金2,000
合計30,000

貸方(右)

仮払金30,000
合計30,000

「仮払金はゼロに戻して、確定した28,000円だけが費用になる。……先生、私、精算までが社員旅行だと思ってます」

後日この仕訳を見た宇野先生は、声を出して笑った。

「立派な幹事だ。仮払金や預り金のような科目はね、『まだ確定していないお金』『他人のお金』を、自分の損益と混ぜないための仕切りなんだ。仕切りがきちんとしている帳簿は、信用される帳簿だよ」

この物語の学び

  • 給料は総額を費用とし、天引きした源泉所得税などは**預り金(負債)**に。納付したときに取り崩す
  • 商品の内金・手付金を受け取ったら前受金(負債)。売上は商品を引き渡した時に満額計上する
  • 内容・金額が未確定の概算払いは**仮払金(資産)**に入れ、確定したら正しい科目(旅費交通費など)へ振り替える
  • 預り金・前受金・仮払金はどれも一時的な仕切りの科目。他人のお金や未確定のお金を、店の損益と混ぜないための仕組み

物語で流れをつかんだら、教材で立替金・仮受金など仲間の科目もあわせて整理し、問題集で精算パターンを練習してみましょう。