📖 ケーススタディ — 物語で学ぶ会計
モノを売らない売上 — 新サービス始動と「仕掛品」の教え
アオバ商事がインテリアコーディネートサービスに進出。前受けした代金を売上に計上しかけた拓海が、役務収益・役務原価とサービス業の仕掛品を学ぶ物語。
日野の持ち込んだ新規事業
「拓海、聞いてくれ。ついに通ったんだよ、俺の企画が!」
昼休みの給湯室で、営業部の日野が興奮気味にまくしたてた。アオバ商事の新規事業、その名も「アオバ・インテリアコーディネートサービス」。雑貨を卸すだけでなく、店舗やオフィスの内装コーディネートそのものを請け負うという。
「モノを売るんじゃなくて、提案とデザインを売る。ミナト装飾と合併して品揃えは倍になったんだ。組み合わせる力こそ、うちの商品になる」
「かっこいいこと言いますね。でも、形のないものを売ったら、経理はどう記録するんだろう……」
記念すべき第1号の顧客は、カフェを開業する若いオーナー。契約金額は300,000円で、日野は早速、代金全額を現金で前受けしてきた。
「というわけで経理さん、これ売上で頼むな!」
拓海が「売上300,000円」と伝票を切りかけたそのとき、背後から冷ややかな声がした。
「拓海くん。カフェの内装、もう完成した?」
佐伯課長だった。
お金をもらった日は、売上の日じゃない
「工事どころか、デザイン案もまだ白紙ですけど……あっ」
「そういうこと。収益を計上できるのは、サービスの提供という義務を果たしたとき。お金を先にもらっても、まだ何もしていないなら、それは『これからサービスを提供する義務』を負っただけ。義務はどっち側の要素?」
「……負債です。だから前受金!」
借方(左)
貸方(右)
「正解。商品売買と同じで、先にもらったお金は前受金。サービス業では、この前受金が後で役務収益に化けるの」
拓海は伝票を書き直しながら、ノートの隅にメモした。もらった日ではなく、果たした日。
費用が宙に浮いた夜
プロジェクトは動き出した。外部デザイナーへの報酬80,000円と、現場調査の交通費40,000円を支払い、拓海はいつもどおり費用に計上した。
ところが月次の試算表を見て、首をひねる。売上はゼロなのに、費用だけが120,000円。この事業、始まる前から赤字に見える。
「課長、なんだか変です。まだサービスを提供してないのに、費用だけ先に載ってて……」
「気づいたわね。収益がまだ計上できないなら、対応する費用も、まだ費用にしちゃいけない。じゃあ、どうする? サービス提供前にかかったコストは、いったんどの科目に集めておくんだった?」
「工業簿記でやった……仕掛品! でもあれは製造業の科目じゃ」
「サービス業でも使うのよ。完成前の『作りかけのサービス』も、立派な仕掛品。費用に計上した分を、仕掛品に振り替えなさい」
借方(左)
貸方(右)
これで費用はいったん資産に姿を変え、試算表の違和感は消えた。コストは、収益と同じタイミングで登場させる。拓海の中で、費用収益対応の原則が初めて手触りを持った。
引き渡しの日、ふたつの振替
1か月後。完成したカフェの内装は、SNSで小さな話題になるほどの出来栄えだった。オーナーの検収も完了し、サービスの提供が終わった。
「さあ拓海くん、仕上げよ。今日が『義務を果たした日』。仕訳は2本」
「まず、前受金を収益にします。サービス業の売上だから、科目は役務収益」
借方(左)
貸方(右)
「そして、ためておいた仕掛品を費用にする。科目は役務原価」
借方(左)
貸方(右)
「これで収益300,000円と原価120,000円が同じ期にそろって、この案件の儲けは180,000円だと正しく読める。お金の動きに引きずられず、義務を果たした日に収益と費用をぶつける。それがサービス業の会計よ」
商品売買との違いを、拓海は自分なりに整理してみた。
商品売買業
- •売るのは目に見える商品
- •収益の科目は売上
- •費用の科目は売上原価(仕入)
- •引き渡した日に収益計上
サービス業
- •売るのは目に見えないサービス
- •収益の科目は役務収益
- •費用の科目は役務原価
- •提供が完了した日に収益計上
「日野さんの営業力と、経理の仕掛品。どっちが欠けてもこの事業は回らないってことですね」
「うまくまとめたわね。ちなみに、もし提供が完了しないまま決算日をまたいだら、仕掛品は資産のまま貸借対照表に載って、翌期に持ち越し。前受金も負債のまま。慌てて収益にしないこと。……次の案件はもう3件入ってるそうよ。仕掛品勘定、にぎやかになるわね」
この物語の学び
- サービス業の収益は役務収益、対応する費用は役務原価。計上のタイミングは入金日ではなく、サービスの提供が完了した日
- 代金を先に受け取ったときは前受金(サービスを提供する義務=負債)とし、提供完了時に役務収益へ振り替える
- サービス提供前に発生したコストは、いったん仕掛品(資産)に集めておき、提供完了時に役務原価へ振り替える
- 給料や旅費交通費として費用計上済みのコストも、未提供のサービスに対応する分は仕掛品へ振り替える
物語で流れをつかんだら、教材で処理の型を整理し、問題集で前受けから役務原価までの一連の仕訳を練習してみましょう。
