📖 ケーススタディ — 物語で学ぶ会計
アオバ商事、大型契約の朝 — 新人・拓海、『割戻し』の罠にはまる
営業のエース日野が取ってきた数量値引き付きの大型契約。全額を売上に計上した拓海の仕訳に、佐伯課長が待ったをかける。返金負債と契約負債を学ぶ物語。
エースが持ち込んだ「うれしい厄介ごと」
インテリア雑貨の卸売会社、株式会社アオバ商事。社員80名のオフィスに、その朝は営業部の日野(ひの)の声が響いていた。
「取ったぞ、リビングポートの年間契約! 初回納品だけで2,000個だ!」
大手家具量販店リビングポートとの契約。新卒1年目の経理部員・拓海(たくみ)のもとに、さっそく売上伝票が回ってきた。北欧食器シリーズ2,000個、1個あたり1,500円、代金は掛け。拓海は迷わず仕訳を切った。
借方(左)
貸方(右)
「300万円の売上! 幸先いいなあ」
鼻歌まじりの拓海の背後で、経理課長の佐伯(さえき)が契約書のコピーをめくっていた。
「拓海くん。この契約書、最後まで読んだ?」
契約書の第7条
佐伯課長が指したのは、契約書の第7条だった。
「年度内の購入数量が5,000個に達した場合、1個につき100円を割り戻す。——いわゆる数量値引き、リベート条項よ。リビングポートの店舗数と過去の販売実績からみて、達成はほぼ確実」
「達成したら払うお金ですよね。じゃあ、実際に達成したときに費用にすれば……」
「それが罠なの。受け取る対価が後から変動する可能性があるなら、変動する分は最初から売上に含めてはいけない。今回なら、売った2,000個には1個100円、合計200,000円の割戻しがほぼ確実についてくる。この200,000円は会社の稼ぎじゃなくて、いずれ返すお金。だから売上から除いて、返金負債という負債に計上する」
借方(左)
貸方(右)
「売掛金は請求どおり300万円のまま。でも売上は280万円……」
「そう。債権の額と収益の額は、一致するとは限らない。日野くんが喜んでいる300万円のうち、20万円は最初から『預かりもの』なのよ」
前もって振り込まれた500,000円
数日後、今度は別の入金が拓海を悩ませた。リビングポートから500,000円の振込。ところが、対応する納品がどこにも見当たらない。
「日野さん、これ何のお金ですか?」
「ああ、追加注文の手付金! 人気シリーズだから先に押さえたいんだと。振り込んでもらっといた」
商品はまだ渡していないのにお金だけ先に来た。売上ではない。借入金でもない。拓海が固まっていると、佐伯課長が助け舟を出した。
「商品を引き渡す前に受け取った対価は、契約負債。これから商品を引き渡す義務を負っている、という負債よ」
借方(左)
貸方(右)
翌週、追加分の商品を納品した時点で、義務は果たされた。
借方(左)
貸方(右)
「売上を計上するタイミングは、お金が動いた日ではなく、商品を引き渡して義務を果たした日。入金が先なら契約負債でいったん受け止める。これが今の収益認識の考え方」
期末、割戻しが現実になる
年度末。リビングポートの累計購入数量は予定どおり5,000個を超え、割戻しの支払いが確定した。取り決めにより、割戻額は売掛金と相殺する。
借方(左)
貸方(右)
「最初に返金負債を立てておいたから、期末になっても売上は1円も動かない。もし300万円全額を売上にしていたら、期末に売上の取消しが必要になって、月次の業績もずっと過大なままだったわけ」
拓海は、返金負債と契約負債を頭の中で並べてみた。どちらも「負債」だが、性格はまるで違う。
返金負債
- •受け取った(受け取る)対価の一部を返す義務
- •割戻し・リベートの見込額
- •確定したら売掛金などと相殺
- •売上は最初から控除後の金額
契約負債
- •商品やサービスをこれから引き渡す義務
- •手付金・前受けした対価
- •引き渡した時点で売上に振り替える
- •入金時点ではまだ売上ゼロ
「返すのはお金か、商品か。同じ負債でも中身が逆なんですね」
「そういうこと。日野くんが派手な契約を取ってくるたびに、契約書の隅の条項が経理の仕事を決める。営業の武勇伝は、経理には条文で聞こえるのよ」
「俺の300万はどこ行った」
後日、月次の売上報告を見た日野が、経理部に乗り込んできた。
「おい拓海! リビングポートの初回納品、300万のはずが280万になってるぞ。20万どこ行った」
「消えてません。返金負債っていう負債になって、貸借対照表で待機してます。割戻しでリビングポートに返すことがほぼ確実なお金なので、最初から売上には入れられないんです」
「……つまり、俺が最初から値引き後の価格で売ったのと同じってことか?」
「実質はそうです。逆に言うと、割戻し条項さえなければ300万まるごと売上でした」
日野はしばらく腕を組み、それから真顔で言った。
「次の商談、条項の書き方を先に経理に相談するわ」
背後で佐伯課長が小さく笑った。営業が契約前に経理へ相談に来る——それは、拓海がこの会社に来てから初めての出来事だった。
翌朝、日野は「次は1万個いくぞ」と宣言して拓海を青ざめさせた。
この物語の学び
- 割戻し(リベート)など受け取る対価が変動する見込みがある場合、その分は売上に含めず返金負債として計上する
- 売掛金は請求額のまま計上するため、債権の額と収益の額は一致しないことがある
- 商品の引渡し前に受け取った対価は契約負債。引き渡して義務を果たした時点で売上に振り替える
- 返金負債は「お金を返す義務」、契約負債は「商品を引き渡す義務」。混同しないこと
物語で流れをつかんだら、教材で収益認識のルールを整理し、問題集で手を動かしてみましょう。
