📖 ケーススタディ — 物語で学ぶ会計
月末の大チェック大会 — 試算表が教えてくれた犯人
初めて作る残高試算表。借方と貸方の合計が合わない夜、美咲が差額40,000円を手がかりに転記ミスの犯人を追いつめる物語。
「月末に、健康診断をしよう」
10月最後の営業日。閉店後のハコニワに、宇野先生がふらりと現れた。
「美咲さん、仕訳と元帳への転記にはずいぶん慣れたね。そろそろ次の段階だ。月末ごとに、帳簿の健康診断をしよう」
「健康診断、ですか」
「試算表というものを作る。総勘定元帳のすべての勘定から金額を集めて、1枚の表にするんだ。仕訳の借方と貸方は必ず同じ金額だったろう? それを全部の勘定について集計すれば——」
「借方の合計と貸方の合計は、絶対に一致するはず……!」
「そう。一致しなければ、どこかで転記を間違えている。ミスを月末ごとに洗い出せるというわけだ」
- 1仕訳帳に取引を仕訳する
- 2総勘定元帳の各勘定へ転記する
- 3各勘定の残高(または合計)を試算表に集める
- 4借方合計と貸方合計の一致を確認する
試算表には、各勘定の合計を集める合計試算表、残高を集める残高試算表、両方を並べた合計残高試算表があるという。今夜作るのは残高試算表だ。
「合計と残高って、どう違うんですか?」
「現金勘定の借方に今月100万円、貸方に70万円の記入があったとしよう。合計試算表なら借方100万・貸方70万と両方をそのまま書く。残高試算表なら、差し引きした残高30万円だけを借方に書く。合計は取引の規模が、残高はいまの状態が見える。目的に応じた使い分けだね」
合わない夜
その夜、美咲は電卓を片手に、元帳の残高をひとつずつ書き写していった。現金、普通預金、売掛金、繰越商品、備品……。資産と費用の残高は借方の列に、負債・純資産・収益の残高は貸方の列に。仕訳のルールで学んだ5要素の定位置が、ここでもそのまま生きている。1時間後、いよいよ集計だ。
「借方合計、2,846,000円。貸方合計……2,806,000円」
——合わない。
一瞬、時間が止まった。宇野先生はあれほど自信たっぷりに「必ず一致する」と言ったのに。
もう一度たたく。やっぱり合わない。差額はちょうど40,000円。時計はもう21時を回っている。
「遥さーん、合わないです……今月もう帳簿見たくない……」
店の奥からココアを持ってきた遥さんの後ろで、宇野先生が愉快そうに言った。
「落ちこむのはまだ早い。差額そのものが、最大の手がかりなんだ。仕訳帳から、40,000円の取引を探してごらん」
差額40,000円の犯人さがし
美咲は仕訳帳のページを繰った。40,000円……40,000円……あった。10月15日。商店街のカフェに掛け売りしていた食器代を、現金で回収した取引だ。
借方(左)
貸方(右)
「仕訳は合ってますね……。じゃあ次は元帳」
現金勘定を見る。借方に40,000円、ちゃんとある。続いて売掛金勘定——。
「……ない。売掛金の貸方に、40,000円が転記されてない!」
犯人は、転記漏れだった。借方の現金だけ書いて、貸方の売掛金を書き忘れていたのだ。だから貸方だけが40,000円足りなかった。思い当たる節がある。あの日は配達の電話が鳴って、転記の途中で席を立ったのだ。売掛金勘定の貸方に40,000円を転記し、試算表を直す。
「借方合計2,846,000円、貸方合計……2,846,000円! ぴったり!」
美咲は思わずガッツポーズをした。パズルの最後のピースがはまったような、なんとも言えない爽快感だった。
借方(左)
貸方(右)
「片方だけ転記すると、今回のように差額がそのまま残る。探し方には他にも定石があってね。差額が2で割り切れるなら、貸借を逆に転記した疑い。たとえば借方に書くべき40,000円を貸方に書くと、差額は倍の80,000円になるだろう?」
「あ、ほんとだ。片側が40,000円減って、反対側が40,000円増えるから……」
「そして差額が9で割り切れるなら、桁の書き間違いの疑い。40,000円を4,000円と書けば差額は36,000円。9で割り切れる。電卓を全部たたき直す前に、差額に聞いてみる——これが試算表との付き合い方だ」
試算表にも見えないものがある
ココアを飲みながら、宇野先生は最後にひとつ付け加えた。
「ただしね、試算表は万能じゃない。そもそも仕訳ごと書き漏らした取引や、借方と貸方を同じ金額だけ間違えたミスは、合計が一致してしまうから見つけられない」
「えっ……じゃあ一致してても安心はできない?」
「そう。試算表の一致は『少なくとも貸借は崩れていない』という健康診断。だからこそ、日々の仕訳と転記をていねいにやることに勝るものはないんだ」
「はーい。……でも先生、合った瞬間って、癖になりますね」
「ふふ。経理の人間はみんな、その瞬間のために生きているのかもしれないね」
それから月末の試算表づくりは、ハコニワの恒例行事になった。遥さんが「大チェック大会」と名づけ、合計が一致した瞬間に2人でお菓子を開けるのがお約束だ。数か月後、この積み重ねが決算の夜に効いてくることを、このときの美咲はまだ知らない。
この物語の学び
- 試算表は総勘定元帳の全勘定を集計した表。貸借平均の原理により、借方合計と貸方合計は必ず一致する
- 種類は合計試算表・残高試算表・合計残高試算表の3つ
- 一致しないときは差額が手がかり。差額と同額の取引を探す、2で割る、9で割るなどの定石がある
- 転記漏れ(片側だけ転記)は試算表で見つかるが、仕訳自体の漏れや貸借同額の間違いは発見できない
物語で流れをつかんだら、教材でルールを整理し、問題集で手を動かしてみましょう。
