📖 ケーススタディ — 物語で学ぶ会計
止まった機械は誰のせいなのか — 受注減の月、膨らむ操業度差異
受注が減った8月、なぜか原価の成績は大きく悪化した。予定配賦のしくみと、予算差異・操業度差異が語る「工場の家賃は誰のせいか」の物語。
静かすぎる8月の工場
8月のミナト製作所は、いつになく静かだった。大手自転車メーカーの減産のあおりで、受注が3か月前の8割に落ち込んだのだ。
「まあ、仕事が少ない分、電気代も残業代も減る。原価の成績はむしろ良くなるんじゃないか」
大森工場長はそう言っていた。だが月末、紗希が集計した製造間接費の差異は、過去最悪の**170,000円の借方差異(不利差異)**だった。
「おかしいだろう! 今月は無駄遣いなんかしとらんぞ。なんで暇だった月に成績が悪くなるんだ!」
会議室に工場長の声が響く。紗希は深呼吸して、ホワイトボードの前に立った。この日のために、郡司さんと予行演習をしてきたのだ。「170,000円をひとかたまりで見せたら絶対に荒れる。必ず2つに割ってから見せなさい」という助言つきで。
予定配賦のおさらい
「まず、うちの製造間接費のルールからです。工場の減価償却費、電気代、保険料……こういう共通コストは、製品1個ずつに直接ひもづけられません。だから予定配賦率を決めて、作業時間に応じて製品に負担してもらっています」
年初に決めた予算はこうだ。月間の基準操業度は直接作業時間で1,000時間。製造間接費の予算は、作業時間に比例して増える変動費が1時間あたり600円、作業してもしなくてもかかる固定費が月600,000円。固定費を1,000時間で割ると1時間あたり600円だから、予定配賦率は合わせて1,200円になる。
「8月の実際の直接作業時間は800時間でした。だから製品に配賦した製造間接費は960,000円です」
借方(左)
貸方(右)
「一方、8月に実際に発生した製造間接費は1,130,000円。配賦した960,000円との差、170,000円が配賦差異です」
借方(左)
貸方(右)
「待て待て。その170,000円がまるごと現場の失点みたいに見えるのが納得いかんのだ」
「そこです。この170,000円は、性質の違う2つの差異の合計なんです。分解してみましょう」
差異を二つに割る
「まず、800時間しか操業しなかった月に、製造間接費はいくらまでなら『予算どおり』と言えるでしょうか。変動費は600円掛ける800時間で480,000円。固定費は操業に関係なく600,000円。合計1,080,000円。これが8月の予算許容額です」
「実際は1,130,000円かかった。予算許容額との差50,000円が予算差異です。これは本当の意味での使いすぎ。調べたら、盆明けの機械整備で修繕料がかさんでいました」
「ふむ。で、残りの120,000円は」
「操業度差異です。固定費率600円に、基準操業度1,000時間と実際800時間の差200時間を掛けた金額。……工場長、これは使いすぎではありません。機械が200時間分、遊んでいたことのコストです」
予算差異 50,000円
- •実際発生額と予算許容額の差
- •電気の無駄遣いや修繕料の増加など、支出そのものの問題
- •現場の管理努力で減らせる余地がある
操業度差異 120,000円
- •基準操業度に対する操業不足200時間 × 固定費率600円
- •受注減で設備が遊んだことによるもの
- •現場の節約では消えない。操業度の問題
工場の家賃は誰のせいか
「操業度差異、ねえ……」工場長は腕を組んだ。「つまりどういうことだ」
「工場の減価償却費や保険料——いわば工場の家賃は、機械が動いても止まっても月600,000円かかります。フル操業の1,000時間働けば、1時間あたり600円ずつ製品が背負ってくれる。でも8月は800時間分しか製品が作られなかった。残り200時間分の家賃120,000円は、背負ってくれる製品がいなかったんです」
「……止まった機械の家賃は、誰のせいでもなく、ただ宙に浮いた、と」
「はい。だからこの120,000円は、現場を責める数字ではなくて、設備の能力が余っています、という警報です。責任があるとすれば、現場ではなく、受注を取ってくる側の課題です」
会議室の空気が変わった。工場長はしばらく黙り、それから静かに言った。
「……営業所の連中に伝えろ。9月は小口でもいいから仕事を拾ってこい、とな。それと広瀬、この2つの差異、毎月分けて見せてくれ。現場が直せる数字と、直せん数字を混ぜられたら、かなわん」
「もとからそのつもりです」
紗希は、差異分析の資料に「毎月継続」と書き込んだ。
この物語の学び
- 製造間接費は予定配賦率 × 実際操業度で製品に配賦し、実際発生額とのずれは配賦差異になる
- 配賦差異は予算差異と操業度差異に分解する。公式法変動予算では、予算許容額(変動費率 × 実際操業度 + 固定費予算)と実際発生額の差が予算差異
- 操業度差異は固定費率 ×(実際操業度 − 基準操業度)。受注減で操業度が落ちると、固定費を背負う製品が足りず不利差異が膨らむ
- 予算差異は支出管理の警報、操業度差異は設備の遊休の警報。性質の違う差異を混ぜずに報告することが管理に役立つ
物語で差異の意味をつかんだら、教材でシュラッター図を整理し、問題集で予算差異と操業度差異の分解を練習しましょう。
