会計マスター

📖 ケーススタディ — 物語で学ぶ会計

工場の帳簿が独立した日 — 本社勘定と工場勘定は鏡合わせ

規模拡大で、工場は自前の帳簿を持つことになった。「縁を切る気か」と渋る大森工場長に、紗希が示したのは鏡合わせの照合勘定。本社との取引を両側から仕訳する本社工場会計の物語。

「帳簿を分けるってのは、縁を切るってことか」

4月の朝礼で、本社からの通達が読み上げられた。取引が増えて本社の経理が回らなくなったため、来月から工場は独立した帳簿を持つ——いわゆる工場会計の独立だ。

会議室で、大森工場長は腕組みをしたまま動かなかった。

「60年、帳簿は本社でひとつだった。分けるってのは、縁を切るってことじゃないのか」

「逆です、工場長」紗希は思わず身を乗り出した。本社経理から来た自分の出番だと思った。「分けた帳簿同士をつなぎ直す勘定があるんです。むしろ毎月、縁がつながっているかを確かめ合う仕組みですよ」

郡司さんがホワイトボードに大きく二つの言葉を書いた。工場勘定本社勘定

帳簿を分ける——工場元帳には何を置くか

「まず、工場の帳簿に置く勘定を決める。うちの場合はこうだ」

工場の帳簿(工場元帳)

  • 材料
  • 賃金
  • 製造間接費
  • 仕掛品
  • 本社(照合勘定)

本社の帳簿(総勘定元帳)

  • 現金・当座預金・売掛金・買掛金
  • 製品(倉庫は本社側)
  • 売上・売上原価
  • 工場(照合勘定)

「製造に関する勘定は工場へ、お金と販売に関する勘定は本社に残す。問題は、両者をまたぐ取引だ。たとえば本社が材料を買って工場に送ったら、工場の帳簿では材料が増えるが、代金を払う買掛金は本社の帳簿にしかない。仕訳の相手が、自分の帳簿の中にいないんだ」

「そこで照合勘定、ですね」と紗希。「工場の帳簿では、本社に関わる部分を全部本社勘定で受ける。本社の帳簿では、工場に関わる部分を全部工場勘定で受ける。相手の帳簿の窓口を、自分の帳簿に一つだけ置くんです」

一つの取引を、両側から仕訳する

5月最初の取引が、さっそくやってきた。本社が材料500000円を掛けで仕入れ、工場の倉庫へ直送させた。紗希は黒板を左右に分け、同じ取引を両側から仕訳してみせた。

工場側: 材料を受け入れた。相手は本社勘定

借方(左)

材料500,000

貸方(右)

本社500,000
本社側: 掛けで仕入れた材料は工場にある。相手は工場勘定

借方(左)

工場500,000

貸方(右)

買掛金500,000

「見てください。工場側の貸方に本社500000円、本社側の借方に工場500000円。金額が同じで、貸借が逆。鏡合わせになっています」

「なるほどな」工場長が黒板に一歩近づいた。「工場は材料をもらった。だが金は払ってない。本社に借りがある——それが貸方の本社500000円ってことか」

「そのとおりです。飲み込みが早いですね、工場長」

続いて、工場従業員の賃金300000円を本社が小切手で支払った。工場側は借方が賃金300000円で貸方が本社300000円、本社側は借方が工場300000円で貸方が当座預金300000円。やはり鏡合わせだ。

月末には、完成した製品700000円を本社の倉庫へ発送した。製品勘定は本社側にあるから、こうなる。

工場側: 完成品を本社へ送った(原価で振替)

借方(左)

本社700,000

貸方(右)

仕掛品700,000
本社側: 工場から製品を受け入れた

借方(左)

製品700,000

貸方(右)

工場700,000

「面白いだろう」と郡司さん。「工場にとっての本社勘定は、本社への貸し借りの記録。本社にとっての工場勘定は、工場に置いてある元手の記録。呼び名は違うが、書いてあるのは同じ縁だ」

月末、鏡を確かめる

5月末。紗希は両方の照合勘定を締めた。

本社勘定(工場の帳簿)

製品発送700,000
材料受入500,000
賃金立替300,000
貸方残高100,000

工場勘定(本社の帳簿)

材料代金500,000
賃金支払300,000
借方残高100,000
製品受入700,000

「工場側の本社勘定は貸方残高100000円。本社側の工場勘定は借方残高100000円。貸借が逆で、金額はぴったり一致です。もし合わなかったら、どちらかに書き漏らしか誤記があるサインなので、すぐ突き合わせます」

大森工場長は二つのT字をしばらく見比べて、ふっと笑った。

「鏡合わせ、か。毎月、互いの帳簿が相手を映してるかどうか確かめ合うわけだ。……縁を切るどころか、月に一度の点呼だな」

「はい。それに工場長、帳簿が独立したおかげで、工場の原価は工場で締められます。材料の受け入れから完成品の発送まで、この工場の数字はこの事務所で全部説明できる。——それって、ちょっと誇らしくないですか」

「ふん。なら来月から、点呼で数字がずれたら経理の責任だぞ」

「望むところです」

この物語の学び

  • 工場会計の独立では、製造関係の勘定(材料・賃金・製造間接費・仕掛品など)を工場元帳に移し、お金や販売の勘定は本社に残す
  • 本社と工場をまたぐ取引は、工場側は本社勘定、本社側は工場勘定という照合勘定を相手にして、それぞれの帳簿で仕訳する
  • 一つの取引は必ず両側で鏡合わせになり、本社勘定と工場勘定の残高は貸借逆で常に一致する。不一致は記帳ミスのサイン
  • 帳簿の独立は分断ではなく、工場が自分の原価を自分で締め、本社と毎月照合し合う仕組みである

物語で両側からの見え方をつかんだら、教材で本社工場会計の型を整理し、問題集で「工場側の仕訳」「本社側の仕訳」を交互に練習してみましょう。