📖 ケーススタディ — 物語で学ぶ会計
一枚の指図書が、フレームの一生を語る — 特注チタンフレームと仕損の夜
本社経理から工場に異動した紗希が出会った、特注チタンフレームの注文。製造指図書で1台ごとの原価を追いかけ、仕損と補修まで見届ける個別原価計算の物語。
異動初日と、一本の電話
創業60年、従業員50名の町工場・ミナト製作所。自転車部品ひと筋のこの工場に、本社経理から異動してきたのが入社3年目の紗希(さき)だ。
段ボールを机に置いたその瞬間、事務所の電話が鳴った。受話器を取った大森工場長の声が、みるみる大きくなる。
「——チタンで? フルオーダーのフレームを2台? ……面白い。やりましょう」
受話器を置いた工場長は、腕組みをして紗希を見た。
「プロチームの選手用だ。売値は2台で1200000円。紗希さん、この注文がいくらで作れたか、あとで1円単位で教えてくれ」
「い、1円単位ですか」
「値決めは職人の腕と同じくらい大事なんだ。原価が分からん値段は、ただの勘だよ」
製造指図書という「一台のカルテ」
途方に暮れる紗希に、原価計算担当の郡司(ぐんじ)さんが一枚の紙を差し出した。右上に大きく「製造指図書 No.101」とある。
「うちみたいに注文ごとに別モノを作る生産形態では、個別原価計算を使う。やり方は単純。注文ごとに指図書を発行して、その指図書の番号あてに原価を集計していくだけだ」
「番号あてに、ですか」
「そう。材料倉庫から出庫するときは出庫票にNo.101と書く。職人が作業したら作業時間報告書にNo.101と書く。伝票が全部、この番号に紐づいて戻ってくる。指図書は言わば、フレーム一台のカルテだね」
集まってくる原価
数日後、紗希の手元にNo.101あての伝票が集まり始めた。
まず材料。チタンパイプとラグ材で400000円が出庫された。特定の指図書のために使ったと分かる材料は直接材料費として、仕掛品勘定に振り替える。
借方(左)
貸方(右)
次に人の手間。溶接と切削を担当した直接工の作業時間はNo.101あてに合計100時間、賃率は1時間1200円。さらに、工場の電気代や機械の減価償却費のような製造間接費は、どの注文のためか個別には分けられないので、予定配賦率1時間あたり1500円を直接作業時間に掛けて配賦する。
借方(左)
貸方(右)
「400000足す120000足す150000で、670000円。順調ですね」
紗希がそうつぶやいた、翌朝だった。
溶接ブースからの、悪い知らせ
「工場長、2台目のフレーム、溶接部にクラックです」
現場が静まり返った。チタンの溶接は難しく、わずかな空気の混入でも割れが出る。大森工場長は腕組みをしてしばらくフレームを睨み、言った。
「補修でいける。ラグを外して溶接し直す。——紗希さん、この手直しの分も原価だからな。逃がすなよ」
郡司さんがすかさず新しい紙を出す。「こういうときは補修指図書 No.101-1を発行する。手直しにかかった原価をいったんここに集めるんだ」
補修には、追加のチタン材20000円、直接工10時間分の賃金12000円、製造間接費の予定配賦15000円がかかった。合計47000円。作り直しではなく補修で直せる正常な仕損なので、この47000円は仕損費として、元の指図書No.101に賦課する。
借方(左)
貸方(右)
借方(左)
貸方(右)
「行って戻って、結局No.101に乗るんですね」
「そう。手直しもこのフレームの原価のうち、という記録が残るのが大事なんだ」
完成、そして一枚のカルテが締まる
一週間後、鏡のように磨かれたチタンフレーム2台が検査台に並んだ。紗希は原価計算表を締める。
仕掛品(No.101)
「2台で717000円。1台あたり358500円です。売値1200000円だから、利益は483000円」
報告を聞いた大森工場長は、フレームを撫でながらニヤリと笑った。
「仕損の47000円まで見えてるのがいい。次にチタンの注文が来たら、この数字が値決めの土台になる。——紗希さん、あんた、もう工場の人間だな」
この物語の学び
- 受注生産では個別原価計算を使い、製造指図書の番号あてに原価を集計する。指図書は注文一件ごとの原価のカルテになる
- 指図書に直接紐づく材料・作業は直接費として賦課し、紐づけられない製造間接費は予定配賦率で配賦する
- 補修できる正常な仕損は補修指図書に原価を集め、仕損費として元の指図書に賦課する
- 締めた原価計算表は、利益の確認だけでなく次の値決めの土台になる
物語で流れをつかんだら、教材で個別原価計算のルールを整理し、問題集で指図書別の集計を手を動かして確かめてみましょう。
