会計マスター

📖 ケーススタディ — 物語で学ぶ会計

喫茶ふみくら、閉店の日 — 貸し倒れの痛みと、引当金という備え

長年の取引先だった喫茶店が、静かに店を閉じた。回収できなくなった売掛金40,000円。悲しみの中で美咲が、貸倒引当金という「転ばぬ先の杖」の意味を知る物語。

貼り紙

2月の寒い朝だった。大学へ向かう美咲は、商店街の角でふと足を止めた。喫茶「ふみくら」のガラス戸に、一枚の貼り紙がある。

「長らくのご愛顧、ありがとうございました」

ふみくらは、ハコニワの一番古い取引先だ。マスターはハコニワのコーヒーカップを気に入って、店の器をぜんぶハコニワで揃えてくれていた。閉店の噂は聞いていたが、こんなに急だとは。

店に着くと、遥さんが帳面を前に黙って座っていた。

「美咲ちゃん……ふみくらさんの売掛金、去年の暮れに納品した分の40,000円、まだだったよね」

「はい。マスター、『年度末までには必ず』って……」

数日後、マスターから丁寧な手紙が届いた。店を畳んでも支払いきれない借金が残ること、ハコニワへの支払いはどうしてもできないこと、長年の感謝。遥さんは手紙を二度読んで、静かに言った。

「いいの。うちにできるのは、ちゃんと帳簿で区切りをつけてあげることだけね」

消えた権利の行き先

美咲は帳簿を開いた。売掛金40,000円。あとで代金を受け取れる「権利」——そう習った。でもその権利は、もう果たされることがない。

「回収できない売掛金って、どう処理すればいいんだろう。消すのは分かるけど、相手科目が……」

その足で訪ねた宇野先生の事務所は、ストーブが暖かかった。先生は事情を聞くと、少しの間目を閉じた。

「ふみくらさんか。……残念だが、商売にはこういう日がある。回収できなくなることを貸倒れという。権利が消えるのだから売掛金を貸方で減らす。そして——実はハコニワの帳簿には、この日のための備えがもうあるんだ」

「備え?」

「去年の決算で私が入れておいた、貸倒引当金だよ。帳簿を見てごらん。30,000円あるはずだ」

たしかにあった。美咲が経理を引き継ぐ前から、帳簿の隅に静かに座っていた科目。

貸倒引当金は、『掛け代金の一部はいずれ回収できなくなるかもしれない』と見積もって、決算のときにあらかじめ費用と備えを計上しておく仕組みだ。今回のような日が来たら、まずこの備えを取り崩す。備えを超えた分だけを、当期の費用——貸倒損失にする」

2月20日 前期分の売掛金40,000円が貸倒れ: まず引当金を充当し、不足分は貸倒損失

借方(左)

貸倒引当金30,000
貸倒損失10,000
合計40,000

貸方(右)

売掛金40,000
合計40,000

「引当金30,000円で足りない10,000円だけが、今年の費用になるんですね。……もし引当金がなかったら、40,000円まるごと今年の痛手だった」

「そう。ちなみにもうひとつ大事なルールがある。当期に売った分の売掛金が当期のうちに貸し倒れたときは、引当金は使わず全額を貸倒損失にする。引当金はあくまで、前期末の売掛金に対する備えだからね」

転ばぬ先の杖を、また立てる

3月31日、決算の日。美咲は売掛金の残高を集計した。600,000円。ホテルのシェルブール、セレクトショップの灯台——どこも信頼できる取引先だ。それでも。

「先生。備えって、また作るんですよね。ふみくらさんの分で、貸倒引当金は空っぽになっちゃいました」

「いい心がけだ。3級では、期末の売掛金や受取手形の残高に見積率を掛けて、引当金の残高をその金額に合わせる。ハコニワは例年2%で見積もっている。計算してごらん」

「600,000円の2%で、12,000円。いまの引当金残高はゼロだから……12,000円まるまる積み増しですね」

「その差額を積む方法を差額補充法という。費用の科目は貸倒引当金繰入だ」

3月31日 決算: 売掛金600,000円×2%=12,000円まで引当金を補充

借方(左)

貸倒引当金繰入12,000

貸方(右)

貸倒引当金12,000

「もし引当金が5,000円残っていたら、差額の7,000円だけ繰り入れる。まだ1円も貸し倒れていないのに費用を計上する——ここが引当金の一番不思議で、一番大事なところだよ。掛けで売るという商売のやり方には、はじめから貸倒れの危険が織り込まれている。だからその危険も、売上と同じ期の費用として先に見積もっておくんだ」

「痛みが来てから慌てるんじゃなくて、痛みの可能性ごと帳簿に写しておく……」

四月の来客

新年度の4月。店先を掃除していた美咲は、見覚えのある人影に気づいた。ふみくらのマスターだった。少し痩せて、それでも背筋は伸びていた。

「遥さん、美咲ちゃん。全部は無理だったけど……せめて、これだけ」

差し出された封筒には、5,000円が入っていた。帳簿の上ではすでに消えた債権の、ささやかな回収。調べてみると、こういう時のための科目もちゃんとあった。前期以前に貸倒れ処理した債権をあとから回収できたときは、償却債権取立益という収益にするのだ。

4月10日 前期に貸倒れ処理済みの債権を一部回収

借方(左)

現金5,000

貸方(右)

償却債権取立益5,000

「律儀な人ね。……この5,000円、なんだか温かいお金だわ」

遥さんはそう言って、マスターに深く頭を下げた。次の店の構想があるらしい。今度は移動販売のコーヒー屋だそうだ。

「開業したら、カップはまたハコニワで買うよ」

「お待ちしてます。——今度は、現金払いでお願いしますね」

美咲がすまして言うと、三人は声を上げて笑った。

この物語の学び

  • 売掛金などが回収不能になることを貸倒れという。前期分の債権が貸し倒れたら、まず貸倒引当金を取り崩し、不足分だけ貸倒損失にする
  • 当期に発生した売掛金が当期中に貸し倒れたら、全額を貸倒損失にする(引当金は使わない)
  • 決算では期末債権残高×見積率まで引当金を積む。差額補充法では現在の残高との差額だけを貸倒引当金繰入(費用)とする
  • 貸倒れ処理済みの債権を後日回収できたら償却債権取立益(収益)。引当金は、掛け商売に織り込まれた危険を先に費用として見積もる「転ばぬ先の杖」

物語で流れをつかんだら、教材で貸倒れ3パターンの使い分けを整理し、問題集で差額補充法の計算を練習してみましょう。