会計マスター

📖 ケーススタディ — 物語で学ぶ会計

「あるべき原価」を決めた月 — 標準原価カードが犯人捜しを終わらせた

材料費が92000円も予算オーバー。犯人は現場か、購買か。紗希と郡司さんは標準原価カードを作り、価格差異と数量差異で原因を切り分ける。標準原価計算の物語。

気まずい月次会議

「材料費が先月より92000円も増えてる。現場がムダ遣いしてるんじゃないのか」

月次会議で本社から来た経理部長がそう言った瞬間、大森工場長の眉がつり上がった。

「うちの職人がムダ遣いだと? アルミの相場が上がってるのを知らんのか」

「相場のせいなら、いくら分が相場のせいなんです?」

誰も答えられなかった。実際にかかった原価しか記録していないから、増えた92000円の中身が誰にも分からないのだ。会議は後味の悪いまま終わり、紗希は郡司さんの机に駆け込んだ。

「郡司さん、あの92000円、分解できないんですか」

郡司さんは、待ってましたという顔で引き出しから一枚のカードを取り出した。

標準原価カード——ものさしを先に作る

「実際にかかった原価だけを眺めていても、高いのか安いのかは分からない。比べる相手がいないからだ。だから先にあるべき原価=標準原価を決めておく。これがそのものさし、標準原価カードだよ」

カードには、量産品の後輪ハブ1個あたりの標準が書いてあった。

  • 直接材料費: 標準単価500円/kg × 標準消費量2kg = 1000円
  • 直接労務費: 標準賃率1000円/時 × 標準直接作業時間0.5時間 = 500円
  • 製造間接費: 標準配賦率1200円/時 × 0.5時間 = 600円
後輪ハブ1個あたりの標準原価 2100円
直接材料費
直接労務費
製造間接費

「単価と数量、両方に標準を決めるのがミソだ。今月の完成品は1000個。月初も月末も仕掛品はなかったから、材料費の標準は500円×2kg×1000個で1000000円。ところが実際は、2100kgを1kgあたり520円で使って1092000円。差額92000円の不利差異——これが会議で燃えた数字だ」

差異を二つに切り分ける

「ここからが本番。92000円を価格差異数量差異に分解する」

直接材料費の差異分析
  1. 1標準原価を出す。500円×2000kg=1000000円、実際は520円×2100kg=1092000円
  2. 2価格差異=(標準単価500円−実際単価520円)×実際消費量2100kg=マイナス42000円(不利)
  3. 3数量差異=(標準消費量2000kg−実際消費量2100kg)×標準単価500円=マイナス50000円(不利)
  4. 4合計92000円の不利差異が、原因の異なる二つに切り分けられた

「価格差異の42000円は、単価が500円のはずが520円だったせい。つまり買い方や市況の問題で、現場は関係ない。数量差異の50000円は、2000kgで作れるはずが2100kg使ったせい。こっちは使い方、現場の問題だ」

「同じ92000円でも、まったく別の話が二つ混ざっていたんですね」

「そういうこと。混ざったまま議論するから、会議が責め合いになる。切り分ければ、それぞれの持ち場で手が打てる」

価格差異 42000円(不利)

  • 原因は単価。アルミ相場の上昇
  • 責任は購買・市況側にある
  • 現場の努力では防ぎにくい

数量差異 50000円(不利)

  • 原因は消費量。切削ミスによる削り直し
  • 責任は製造現場側にある
  • 作業改善で防げる可能性がある

帳簿にはこう刻む。ミナト製作所は仕掛品勘定に実際原価で借記するパーシャル・プランを採っているので、差異は仕掛品勘定から取り出す。

材料の実際消費額を仕掛品へ

借方(左)

仕掛品1,092,000

貸方(右)

材料1,092,000
標準との差額を差異勘定へ分離(どちらも不利差異)

借方(左)

価格差異42,000
数量差異50,000
合計92,000

貸方(右)

仕掛品92,000
合計92,000
完成品1000個は標準原価2100円×1000個で製品勘定へ

借方(左)

製品2,100,000

貸方(右)

仕掛品2,100,000

「完成品は標準原価で出ていく。だから仕掛品勘定に残るゆがみが、そのまま差異として炙り出されるわけだ」

数字が、謝罪と反論を同時に連れてきた

翌月の会議。紗希は分解した数字を貼り出した。

「92000円のうち42000円はアルミ単価の上昇によるもので、現場の責任ではありません。一方、50000円は標準より100kg多く使った数量差異です。調べたところ、新人の刃物交換が遅れて削り直しが多発していました」

大森工場長は腕組みをしたまま、ゆっくり頭を下げた。

「50000円は、うちの指導不足だ。刃物交換の基準を作り直す。——ただし部長さん、42000円をうちのせいにするのは二度とやめてもらう」

経理部長も苦笑いで頷いた。「単価の件は購買と長期契約を検討します」

会議室を出ながら、郡司さんが小声で言った。

「標準原価計算のいちばんの効能はね、計算が速くなることじゃない。犯人捜しが原因究明に変わることなんだ」

なお労務費側でも、賃率差異と時間差異という同じ発想の切り分けができる。紗希の手帳には、来月やることとして大きくそう書いてあった。

この物語の学び

  • 実際原価だけでは高い安いを判断できない。先に標準原価カード(標準単価×標準消費量)で「あるべき原価」を決めておく
  • 直接材料費の差異は価格差異=(標準単価−実際単価)×実際消費量数量差異=(標準消費量−実際消費量)×標準単価に分解する
  • 価格差異は購買・市況側、数量差異は製造現場側と、差異ごとに原因と責任の所在が異なる
  • 差異分析は責任追及の道具ではなく、原因を特定して改善につなげるための仕組み

物語で切り分けの威力を感じたら、教材で差異分析の公式を整理し、問題集で価格差異・数量差異の計算を体に染み込ませましょう。