会計マスター

📖 ケーススタディ — 物語で学ぶ会計

帳簿が増えた日 — 商品有高帳と在庫のなぞ

「マグカップでいくらもうかったの?」遥さんの何気ない質問に答えられない美咲。商品有高帳と先入先出法が在庫の謎を解く物語。

答えられなかった質問

11月のハコニワ。北欧の白いマグカップが、雑誌に載ったのをきっかけに飛ぶように売れていた。

「ねえ美咲ちゃん。このマグカップ、今月いくらもうかったの?

レジを締めながらの、遥さんの何気ない質問だった。美咲は自信満々に帳簿を開き——固まった。

売上はわかる。でも、このマグカップの原価がいくらだったのかが、どこにも書いていない。仕入勘定にはマグカップも食器も文房具も、全部まとめて金額だけが記録されている。しかも問屋からの連絡で、マグカップの仕入値は今月から1個800円から850円に値上がりしていた。売れた12個の原価は、800円なのか850円なのか。

「わ、わかりません……。帳簿、ちゃんとつけてるのに」

「あら、めずらしい。美咲ちゃんが帳簿で答えられないことがあるなんて」

悔しい。仕訳も転記も試算表も覚えたのに、「この商品でいくらもうかったか」といういちばん素朴な質問に答えられないなんて。

主要簿と補助簿

翌日、宇野先生の事務所で美咲は昨夜の敗北を報告した。

「それは美咲さんのせいじゃない。仕訳帳と総勘定元帳——この2つは主要簿といって、お店の取引の全体を記録する帳簿だ。でも全体を記録する代わりに、個別の明細には弱い。そこで登場するのが補助簿。特定の項目だけを詳しく追いかける、専門の帳簿だよ」

現金の出入りを追う現金出納帳。仕入先ごとの掛けの残高を追う買掛金元帳。得意先ごとの売掛金元帳。仕入帳に売上帳、固定資産台帳。そして——

「商品の出入りを、品物ごとに、数量と単価つきで追いかけるのが商品有高帳。昨日の質問に答えられる帳簿はこれだ」

「補助簿って、ぜんぶ揃えなきゃいけないんですか?」

「いや、どの補助簿を使うかはお店の自由だ。必要なものだけ選べばいい。ただし試験では逆向きの問いがよく出る。『この取引はどの補助簿に記入されるか』——たとえば商品を掛けで仕入れたら、仕入帳と買掛金元帳と商品有高帳。1つの取引が複数の補助簿に載ることに注意だよ」

先入先出法 — 先に入れたものから、先に出す

「でも先生、値上がり前の800円のと、値上がり後の850円のが混ざってます。売れた12個の原価はどっちで計算すれば……」

「いい論点だ。そういうときのために計算のルールを決めておく。3級で学ぶのは先入先出法——先に仕入れたものから、先に払い出したとみなす方法だ。実際にどの箱から売ったかは関係なく、帳簿の上でそう仮定する」

11月のマグカップの動きを、2人で商品有高帳に書いてみた。

日付摘要受入払出残高
11/1前月繰越10個 ×800円10個 ×800円
11/10仕入10個 ×850円10個 ×800円と10個 ×850円
11/18売上10個 ×800円と2個 ×850円8個 ×850円

「11月18日に売れた12個は、まず古い800円のものが10個、足りない2個は新しい850円のもの。だから払出しの原価は——」

「800円×10個で8,000円、850円×2個で1,700円。合計9,700円!」

「そう。そして残高の欄を見てごらん。単価の違う在庫が混ざっている間は、800円の行と850円の行を2段に分けて書く。古いほうから売れていくから、残るのはいつも新しい単価のもの——雑貨屋の棚の回転と同じで、なかなか理にかなった仮定だろう?」

なお、仕入と売上そのものの仕訳は、いつも通り主要簿の世界で切っておく。11月10日の仕入は掛け、18日の販売は商店街のカフェへのまとめ売りで、これも掛けだった。

11月10日 マグカップ10個を1個850円で掛け仕入れ

借方(左)

仕入8,500

貸方(右)

買掛金8,500
11月18日 マグカップ12個を1個1,500円で掛け販売

借方(左)

売掛金18,000

貸方(右)

売上18,000

「ここで大事な注意をひとつ。商品有高帳はすべて原価で記入する。売上の欄だからといって、売価の1,500円を書いてはいけない。この帳簿の仕事は『商品がいくらの原価で出入りして、いくら残っているか』を追うことだからね」

謎は解けた

その夜、美咲は胸を張って報告した。

「遥さん! 今月のマグカップは、売上18,000円、売れた分の原価9,700円。もうけは8,300円です。あと、在庫は850円のが8個、原価6,800円分残ってます」

「すごーい! 数もぴったり。棚卸しが一瞬で終わっちゃう」

「それにね」と美咲は続けた。「決算のとき、期末の在庫を数えますよね。商品有高帳があれば、帳簿の上の在庫と実際に数えた在庫を突き合わせられます。もし数が合わなかったら、盗難とか数え間違いとか、何かが起きてるって分かる」

「うちの経理担当、頼もしくなっちゃって……」

「補助簿って、増えると大変そうって思ってたんですけど……主要簿が地図で、補助簿は虫めがねなんですね。見たいところだけ、ぐっと詳しく見られる」

レジ横には、真新しい商品有高帳。数か月後の決算で実地棚卸しをするとき、この1冊がどれほど頼りになるか——ハコニワの帳簿がまたひとつ、頼もしくなった日だった。

この物語の学び

  • 仕訳帳と総勘定元帳は主要簿、目的別に明細を記録するのが補助簿(現金出納帳、仕入帳・売上帳、売掛金元帳・買掛金元帳、商品有高帳など)
  • 商品有高帳は品物ごとに受入・払出・残高を数量×単価で記録する。記入はすべて原価で行い、売価は使わない
  • 先入先出法は、先に仕入れたものから先に払い出したとみなして払出単価を決める方法
  • 単価が違う在庫が混ざっても、払出原価と期末在庫を正確に計算できる

物語で流れをつかんだら、教材でルールを整理し、問題集で手を動かしてみましょう。