会計マスター

📖 ケーススタディ — 物語で学ぶ会計

冬のボーナスと『備える会計』 — 引当金の4要件をめぐる攻防

初めてのボーナスに浮かれる拓海に、佐伯課長は『経理はもう次の賞与に備えている』と告げる。賞与引当金と退職給付引当金、そして引当金の4要件を学ぶ物語。

12月10日、初めてのボーナス

株式会社アオバ商事、冬の賞与支給日。新卒1年目の拓海にとっては人生初のボーナスだ。給与明細を三度見してから、拓海はつぶやいた。

「これで新しいスピーカー買えます……」

「おめでとう。じゃあ浮かれたところで仕事の話」

経理課長の佐伯は容赦がない。

「今日支給した冬の賞与は、6月から11月まで働いてくれたことへの対価。支給も費用計上も当期の中で完結するから、仕訳は単純よ。問題はここから。経理はもう、来年6月の夏の賞与に備え始めるの」

「まだ冬のボーナスをもらった日ですよ? 気が早すぎませんか」

「早くないわ。夏の賞与の支給対象期間は12月から5月。つまり今日から、夏の賞与の原因が積み上がり始めている。会計はそれを見逃さない」

決算日、まだ払っていない賞与を費用にする

3月31日、決算。佐伯が拓海に資料を渡した。夏の賞与の支給予定額は12,000,000円、支給対象期間は12月1日から5月31日の6か月とある。

「拓海くん、当期の負担分はいくら?」

「12月から3月までの4か月分だから……12,000,000円×6分の4で8,000,000円です。でも課長、まだ1円も払っていないし、支給額だって確定していません。それを費用にしていいんですか?」

「いい質問ね。引当金を計上できるのは、4つの要件を全部満たすときだけ。将来の特定の費用であること。その発生が当期以前の事象に起因すること。発生の可能性が高いこと。金額を合理的に見積もれること。夏の賞与はどう?」

「支給規程があるから特定の費用で……原因は当期の労働だから当期以前に起因していて……うちの会社、賞与を飛ばしたことはないから可能性は高くて……支給予定額と月数で見積もれる。全部当てはまります」

「なら、費用の先取りは義務よ。当期の原因で生じる将来の支出は、当期の費用。それが引当金」

夏の賞与12,000,000円(支給対象期間6か月)
当期負担 4か月 8,000,000円
翌期負担 2か月 4,000,000円
3月31日 決算整理。当期負担4か月分を繰り入れる

借方(左)

賞与引当金繰入8,000,000

貸方(右)

賞与引当金8,000,000

日野の「それなら俺も」

決算作業をのぞきに来た営業部の日野が、話を聞きつけて身を乗り出した。

「便利じゃんそれ。来期の秋に大型展示会をやる計画があるんだよ。出展費用の見積りは3,000,000円。今期は利益が出てるんだから、展示会引当金ってことで今期の費用にしておいてよ」

拓海は一瞬うなずきかけたが、思いとどまって指を折った。

「……ダメです日野さん。展示会の費用は、来期に出展するから発生するお金です。当期以前の事象に起因していない。4要件のひとつが欠けています」

「固いなあ。同じ『将来の支出』なのに」

「同じじゃないわ」と佐伯が引き取った。「賞与はもう働いてもらった分の後払い。展示会はこれからの意思決定次第でやめられる。原因が過去にあるかどうかが、備えていい支出とそうでない支出の境界線よ。何でも引当金にできたら、利益なんて経理のさじ加減になってしまう」

もうひとつの「長い備え」

決算資料の束の中に、拓海はもうひとつの引当金を見つけた。退職給付引当金。当期の繰入額は600,000円とある。

「これも賞与と同じ発想ですか?」

「そう。従業員の退職金は、勤めてくれた年数に応じて少しずつ原因が積み上がる、いわば超長期の後払い給与。当期の負担分を見積もって繰り入れる。ただし科目にひっかけがあるわよ」

「賞与引当金繰入があるんだから……退職給付引当金繰入?」

「残念。費用科目は退職給付費用。この引当金だけ名前のパターンが違うの。試験でも実務でも間違えやすいから注意なさい」

繰入時の費用科目は『退職給付費用』

借方(左)

退職給付費用600,000

貸方(右)

退職給付引当金600,000

折しもこの春、30年勤めた倉庫主任の田村さんが定年退職を迎えた。退職一時金1,200,000円の支払伝票を、拓海が起こす。

退職一時金の支払い。積み上げてきた引当金を取り崩す

借方(左)

退職給付引当金1,200,000

貸方(右)

当座預金1,200,000

「30年分の備えが、今日この1枚になるんですね」

「そういうこと。決算で繰入、実際の支出で取崩し。どの引当金も流れは同じよ」

6月10日、夏のボーナス

そして迎えた夏の賞与支給日。12,000,000円が支給され、拓海が仕訳を切る。前期に備えた8,000,000円は引当金の取崩し、当期の労働に対応する2か月分4,000,000円だけが当期の費用だ。

6月10日 支給時。引当金を充当し、当期分だけ費用にする

借方(左)

賞与引当金8,000,000
賞与4,000,000
合計12,000,000

貸方(右)

当座預金12,000,000
合計12,000,000

「去年の冬に課長が『もう備え始める』って言った意味、やっとわかりました」

「それは良かった。ちなみに拓海くんの査定には、決算処理の正確さも入っているから」

拓海は、来年のボーナスにも備えることにした。

この物語の学び

  • 引当金の4要件は将来の特定の費用・当期以前の事象に起因・発生の可能性が高い・金額を合理的に見積れる。ひとつでも欠ければ計上できない(日野の展示会は「当期以前に起因」を満たさない)
  • 賞与引当金は翌期支給予定額のうち当期の労働に対応する月数分を月割で繰り入れ、支給時は引当金を充当して残りを賞与(費用)とする
  • 退職給付引当金の繰入時の費用科目は退職給付費用。「繰入」と付かない例外パターン
  • どの引当金も「決算で繰入・実際の支出で取崩し」という流れは共通

物語で考え方をつかんだら、教材で各引当金の科目を整理し、問題集で月割計算と取崩しの仕訳を練習してみましょう。