📖 ケーススタディ — 物語で学ぶ会計
ライバルと、ひとつ屋根の下 — アオバ商事の合併と「のれん」
アオバ商事が老舗ライバルのミナト装飾を吸収合併。純資産より高い買い物に納得できない新人経理・拓海が、目に見えない価値「のれん」の正体を知る物語。
月曜朝の爆弾発表
インテリア雑貨の卸売会社、株式会社アオバ商事。社員80名のこの会社に入社して1年目の経理部員・拓海(たくみ)は、月曜朝の全社集会で耳を疑った。
「当社は来月1日付で、株式会社ミナト装飾を吸収合併します」
ミナト装飾といえば、創業50年の老舗。関西の家具工房との太いパイプを持つ、アオバ商事の長年のライバルだ。会場がざわつくなか、営業部のエース・日野(ひの)が拓海の肩を叩いた。
「すごいことになったな。ミナトの取引先が全部うちのものになるんだぞ」
浮かれる日野とは対照的に、拓海の胃はきゅっと縮んだ。合併の会計処理なんて、やったことがない。
案の定、席に戻ると経理課長の佐伯(さえき)に呼ばれた。
「拓海くん、合併仕訳の下書き、あなたが作って。締切は金曜。……そんな顔しないの。手順どおりにやれば、合併は怖くないから」
「時価で受け入れる」がスタートライン
佐伯課長がホワイトボードに資料を貼り出した。
「まず大前提。吸収合併では、相手の資産と負債を時価で受け入れる。ミナト装飾の帳簿の金額をそのまま写すんじゃない。今いくらの価値があるか、で引き継ぐの」
資料によれば、ミナト装飾の諸資産の時価は80,000,000円、諸負債の時価は50,000,000円。
「差し引きすると、純資産の時価は30,000,000円ですね」
「そう。次に、こちらが支払う対価。今回は現金じゃなくて、アオバ商事の株式を発行してミナトの株主に渡す。交付するのは10,000株、合併時のうちの株価は1株3,500円」
拓海は電卓を叩いた。10,000株かける3,500円で、35,000,000円。この交付した株式の時価が、取得原価になる。
そこで、手が止まった。
5,000,000円も高く買うんですか?
「課長、おかしくないですか。純資産の時価は30,000,000円なのに、35,000,000円分も株式を渡すんですよ。5,000,000円の払いすぎです」
「いい着眼点ね。じゃあ聞くけど、ミナト装飾の帳簿に『関西の工房50社との信頼関係』って資産は載ってる?」
「……載ってないです」
「『ミナトブランドを信頼して指名買いするお客さま』は? 『目利きのバイヤーのノウハウ』は?」
拓海ははっとした。帳簿に載らない力。それがあるからミナト装飾は50年続いてきたし、アオバ商事は純資産より高い対価を払ってでも一緒になりたいのだ。現に日野は、ミナトの取引先リストを「宝の山だ」と言っていた。あのリストの価値は、どの資産科目にも書かれていない。
「その帳簿に載らない超過収益力に払った5,000,000円を、のれんという無形固定資産として計上するの。合併の日に、初めて値段がつく見えない価値よ」
合併仕訳と、のれんの償却
金曜日。拓海は下書きの仕訳を課長に提出した。増加する資本のうち20,000,000円を資本金、残りを資本準備金とすることは、合併契約で決まっている。
借方(左)
貸方(右)
「借方合計85,000,000円、貸方合計85,000,000円。よくできました」
「のれんって、このままずっと資産に載せておくんですか?」
「いい質問。のれんは20年以内の期間で規則的に償却する。うちは10年の均等償却でいく方針。5,000,000円を10年で割って、毎年500,000円ずつ費用にするの」
借方(左)
貸方(右)
「買った瞬間は価値があっても、時間が経てばブランドも人脈も、うち自身の努力と混ざって薄れていく。だから少しずつ費用化する。理屈と手続きがつながってるでしょ」
「のれん償却は、損益計算書だとどこに載るんですか」
「販売費及び一般管理費。それから貸借対照表では、のれんは無形固定資産の区分に表示する。建物みたいに目には見えないけど、扱いは立派な固定資産よ」
処理の流れを、拓海はノートにこうまとめた。
もし安く買えていたら
帰り際、拓海はふと気になって尋ねた。
「逆に、純資産の時価より安く買えたらどうなるんですか。たとえば対価が28,000,000円だったら」
「差額の2,000,000円は負ののれん発生益。こちらは資産じゃなくて、その期の収益として一気に計上する。償却もしない。のれんと対称じゃないから、ひっかけでよく出るわよ」
「……試験みたいな言い方しますね」
「実務も試験も、間違えたら痛い目を見るのは同じ。さ、来月からはミナトの帳簿もうちの帳簿。忙しくなるわよ、拓海くん」
窓の外では、日野が早くもミナト装飾の取引先リストを片手に、出張の段取りを組んでいた。会社がひとまわり大きくなる音が、聞こえた気がした。
この物語の学び
- 吸収合併では、相手企業の資産・負債を時価で受け入れ、交付した株式の時価を取得原価とする
- 取得原価が受け入れた純資産の時価を上回る差額がのれん。帳簿に載らない超過収益力(ブランド・取引先網・ノウハウ)への対価
- のれんは無形固定資産として計上し、20年以内の期間で規則的に償却する(勘定科目は「のれん償却」)
- 逆に取得原価が純資産の時価を下回るときは負ののれん発生益として、その期の収益に計上する(償却しない)
物語で流れをつかんだら、教材でルールを整理し、問題集で合併仕訳を手を動かして書いてみましょう。
