会計マスター

📖 ケーススタディ — 物語で学ぶ会計

初めての海外仕入れ — 円安の夜と、為替予約という魔法

日野が持ち込んだ米国ブランドの輸入案件。何もしていないのに損が出る為替の怖さに震えた拓海が、換算ルールと為替予約を学ぶ物語。

日野、太平洋を越える

「拓海くん、ビッグニュース。ポートランドの雑貨ブランド『ノースフォグ』と直接取引が決まった。総代理店契約。うちが初めて自分で輸入するんだ」

営業部の日野が経理部に駆け込んできたのは、2月の頭だった。株式会社アオバ商事にとって、これまで商社経由だった海外ブランドを直接仕入れるのは初めての挑戦だ。

「第一便はキャンドルホルダーとブランケットで20,000ドル。支払いは3か月後の掛け。……で、経理的には何か問題ある?」

「ドル、ですか」

拓海は請求書のサンプルを見つめた。金額欄に円がひとつもない。帳簿は円でつけるものだと入社以来信じてきたのに。

帳簿にドルは書けない

「慌てない」と経理課長の佐伯。「ルールはひとつ。外貨建ての取引は、取引が発生した日の為替レートで円に換算して記録する。それだけよ」

2月10日、商品20,000ドルが到着した。その日のレートは1ドル142円。

「20,000ドル×142円で2,840,000円。仕入と買掛金ですね」

2月10日 輸入仕入。取引日レート142円で換算

借方(左)

仕入2,840,000

貸方(右)

買掛金2,840,000

「簡単じゃないですか」

「今はね。厄介なのは、レートが毎日動くことよ。この買掛金、払うのは5月。それまでにレートが動いたらどうなると思う?」

決算日、何もしていないのに損が出る

3月31日、決算日。ニュースは連日、円安を伝えていた。決算日のレートは1ドル145円。

「課長、買掛金20,000ドルはまだ払っていません。帳簿は2,840,000円のままでいいですよね?」

「ダメよ。外貨建ての売掛金や買掛金みたいな貨幣項目は、決算日のレートで換算し直す。今この瞬間に払うとしたらいくら必要か、決算書は正直に見せないといけないの。20,000ドル×145円で2,900,000円。差額は?」

「60,000円、買掛金が増えます。え、うち、何もしてないのに……」

「それが為替差損。相手科目は為替差損益。円安は輸入企業には向かい風なのよ」

3月31日 決算整理。決算日レート145円へ換算替え

借方(左)

為替差損益60,000

貸方(右)

買掛金60,000

「ちなみに換算し直すのは貨幣項目だけ。もし手付金を前払金で払っていたら、あれは商品を受け取る権利でお金で返ってくるものじゃないから、前払金は換算替えしない。試験でも実務でも狙われるポイントよ」

拓海はメモ帳に大きく書いた。「将来、外貨で受け払いするお金かどうか」。

5月、決済の日

5月10日、支払期日。レートは1ドル147円まで円安が進んでいた。当座預金からの支払額は20,000ドル×147円で2,940,000円。帳簿の買掛金2,900,000円との差額40,000円は、また為替差損だ。

5月10日 決済。決済日レート147円との差額は為替差損

借方(左)

買掛金2,900,000
為替差損益40,000
合計2,940,000

貸方(右)

当座預金2,940,000
合計2,940,000

「取引の日から今日まで、合計100,000円の為替差損……。日野さんの利益計算、レートが142円のままの前提でしたよ」

「ちなみに為替差損益は、仕訳ではひとつの科目で損も益も受け止めて、損益計算書では純額にして為替差益なら営業外収益、為替差損なら営業外費用として表示する。本業の儲けとは区別するの。商品の目利きは営業の仕事だけど、営業の見積りに為替リスクの目線を入れられるのは経理だけ。次の便からは、手を打ちましょう」

為替予約という魔法

6月、ノースフォグへの第二便の発注が決まった。15,000ドル、6月1日のレートは1ドル143円で仕入計上済み。円安がさらに進むという観測を受けて、佐伯は取引銀行と為替予約を結んだ。決済日に適用するレートを、1ドル144円で今のうちに固定する契約だ。

「レートを予約……そんなことができるんですか」

「できるのよ。処理は振当処理。予約したレートを買掛金そのものに振り当てる。帳簿は143円で2,145,000円だから、144円の2,160,000円に直して、差額15,000円は予約した期の為替差損益。そして——ここが大事——予約した後は、決算が来ても決済の日が来ても、もう換算替えしない

6月 為替予約の振当て。差額は予約時に一度だけ認識

借方(左)

為替差損益15,000

貸方(右)

買掛金15,000

「その後レートが150円になっても?」

「うちの支払いは144円のまま。逆に140円に戻っても144円。得も損も、もう動かない。それが予約の意味よ。リスクを取らない代わりに、上振れの利益も手放す。どちらを選ぶかは経営判断ね」

数日後、日野が経理部に顔を出した。

「なんか最近、拓海くんが夜ぐっすり眠れるって聞いたけど」

「為替予約のおかげです。円相場のニュースを見ても、心拍数が上がらなくなりました」

この物語の学び

  • 外貨建取引は取引発生時のレートで円換算して記録し、決済時はその日のレートで計算した支払額との差額を為替差損益とする
  • 決算日に換算替えするのは売掛金・買掛金・外貨預金などの貨幣項目のみ。前払金・前受金は換算替えしない(「将来、外貨で受け払いするお金か」で判断)
  • 円安は輸入側(買掛金)には為替差損、輸出側(売掛金)には為替差益に働く
  • 為替予約(振当処理)は予約レートを債権債務に振り当て、差額を予約時に一度だけ認識。以後は決算時も決済時も換算替えしない

物語で為替の怖さと備え方をつかんだら、教材で換算ルールの表を整理し、問題集で決算時の換算替えと為替予約のパターンを練習してみましょう。