会計マスター

📖 ケーススタディ — 物語で学ぶ会計

株式会社ハコニワ誕生 — 資本金と、1年後の「ありがとう」

雑貨店ハコニワが株式会社になる日。資本金の意味に戸惑う美咲が、1年後の初めての配当で「出資」の本当の意味を知る物語。

「会社にしようと思うの」

5月の連休明け。閉店後のハコニワで、遥さんが妙にあらたまった顔で切り出した。

「美咲ちゃん。この店ね、会社にしようと思うの。株式会社ハコニワ」

「か、株式会社!? この、クッキー缶で経理してた店が?」

「宇野先生に勧められたのよ。お店を大きくするなら、個人のお財布とお店のお財布をきちんと分けなさいって」

数日後、宇野先生の事務所で「設立」の説明を聞くことになった。

「株式会社はね、株主がお金を出資して、その元手で事業を始める仕組みだ。今回は遥さんが80万円、遥さんのお母さん——つまり美咲さんのおばあちゃんが20万円を出資して、あわせて100万円。会社はその証として株式を発行する」

「おばあちゃんも株主に!?」

「『ハコニワの応援ならいくらでも』だそうだよ。さて美咲さん、会社の口座に100万円が振り込まれた。仕訳はどうなる?」

「普通預金が増えるから借方で……相手は、借入金? いつか返すお金ですよね?」

「そこが今日いちばん大事なところだ。出資されたお金は返さなくていい。借金ではなく、会社の元手。純資産の『資本金』という科目で記録する。日商簿記3級では、払い込まれた金額の全額を資本金とするよ」

5月10日 株式会社ハコニワ設立。出資金100万円の払込み

借方(左)

普通預金1,000,000

貸方(右)

資本金1,000,000

借入金(負債)

  • 銀行などから借りたお金
  • 返す義務がある
  • 利息を支払う

資本金(純資産)

  • 株主が出資した元手
  • 返す義務はない
  • 株主へは利益から配当する

「それにね」と宇野先生は続けた。「会社にすると、遥さん個人のお金と会社のお金が法律上も完全に別になる。会社の普通預金は会社のもの。遥さんが店のレジから気軽にお財布へ、というわけにはいかなくなる」

「聞いた、遥さん!? クッキー缶時代とはもう違うんですからね」

「うっ……善処します」

「返さなくていいなんて、株主さんに悪くないですか?」と美咲が話を戻すと、先生は目を細めた。

「いい質問だ。その答えは、1年後に分かるよ」

秋の増資 — 元手を増やす

10月。店の奥の倉庫を改装してカフェスペースを作る計画が持ち上がった。改装資金として、遥さんが追加で50万円を出資することになった。

「設立のときだけじゃなくて、あとから資本金を増やすこともできるんですね」

増資というんだ。仕訳は設立のときとまったく同じ形だよ」

10月1日 増資。株式を発行し50万円の払込みを受ける

借方(左)

普通預金500,000

貸方(右)

資本金500,000

これで資本金は150万円。ハコニワの「元手」が大きくなった。

「銀行から借りるのと増資と、どう違うんですか?」

「借入れなら利息を払い、期日には必ず返す。増資なら返済も利息もないが、株主が増えれば配当や経営への発言権を分かち合うことになる。お金の集め方には、それぞれ性格があるんだ。貸借対照表の右側は、その性格を並べた一覧表ともいえるね」

1年後 — 初めての配当

翌年の3月、ハコニワは最初の決算を迎え、無事に利益を出すことができた。そして6月。小さな小さな株主総会が、店の奥のテーブルで開かれた。株主は遥さんとおばあちゃんの2人だけ。

「当期の利益のうち、10万円を配当します!」

議長の遥さんが宣言すると、おばあちゃんがぱちぱちと拍手した。宇野先生が補足する。

「配当は、これまで積み上げた利益——繰越利益剰余金から支払う。ただし会社法のルールで、配当するときは配当額の10分の1を利益準備金として積み立てる必要がある。会社の財産が減りすぎないようにする備えだね」

「じゃあ、配当10万円と、利益準備金1万円……。決議した時点ではまだ払っていないから、払う義務は未払配当金という負債ですね」

6月25日 株主総会で配当10万円と利益準備金の積立てを決議

借方(左)

繰越利益剰余金110,000
合計110,000

貸方(右)

未払配当金100,000
利益準備金10,000
合計110,000

後日、普通預金から配当金が支払われた。

6月30日 配当金の支払い

借方(左)

未払配当金100,000

貸方(右)

普通預金100,000

「先生、利益準備金の1万円は、誰かに払うわけじゃないんですか?」

「払わないよ。あれは会社の中に留め置く純資産の項目だ。繰越利益剰余金という利益の置き場所から、利益準備金という置き場所へ移しただけ。純資産の合計は変わらない。会社の外に出ていくのは配当の10万円だけだ」

「利益の引き出しの中で、仕切りを1枚増やしたような感じですね」

出資の本当の意味

数日後、おばあちゃんから店に葉書が届いた。「配当金、たしかに受け取りました。ハコニワの株主でいられることが自慢です」と書いてあった。

「ね、美咲ちゃん。1年前の質問の答え、分かった?」と遥さん。

「はい。出資は返してもらうお金じゃなくて……会社を応援して、利益が出たら配当という形で分けてもらうお金なんですね」

資本金は返さない。そのかわり、会社は利益で応えていく。葉書を店のレジ横に飾りながら、美咲は株式会社という仕組みが少しだけ好きになった。

この物語の学び

  • 株式会社は株主の出資で始まる。払い込まれたお金は返す義務のない元手であり、日商簿記3級では払込金額の全額を**資本金(純資産)**とする
  • 設立後に元手を増やす増資も、仕訳の形は設立時と同じ
  • 配当は繰越利益剰余金を取り崩して行い、決議時点では**未払配当金(負債)**を計上する
  • 配当にあわせて、配当額の10分の1を利益準備金として積み立てる

物語で流れをつかんだら、教材でルールを整理し、問題集で手を動かしてみましょう。